雨の日の初恋(後編)

「ねえ、お母さん」

 泣き止んだ拓海と、家路をめざす。
 黙りこくっていた拓海が、私を見上げた。

「美雨子さんは、どうして消えちゃったのかな?」

 ……それは、わからないけど。でも、なんとなく予想してみた。

「報われたから……かしら。幽霊は、何か未練があって、そこにいるんだって聞いたことがあるわ。それなら……美雨子さんは、未練がなくなって……幸せになったから、消えたんじゃないかしら」
「……そっか」

 拓海が立ち止まり、涙ぐんだ。ぐいっと袖口で涙を拭うと、

「だったら、いいな」

 と、笑おうとして、結局泣いた。私は黙って、息子の頭を撫でた。

 一生のうち、何度でも訪れる“別れ”。
 別れは寂しいけれど、大人になれば割り切れるようになる。“そんなこともあるさ”と、前を向いていける。
 だけど拓海は、まだ子供だ。割り切るなんて、無理だろう。消えた存在が想い人なら、なおのこと胸をえぐっているはずだ。

 それでも……。
 拓海は泣き止んで、前を向いた。まっすぐなまなざしで、空を見上げる。

「僕、よかった。美雨子さんと会えて、本当によかった」

 そう言って、笑うのだ。

 ああ……拓海。
 今あなたは、とてもつらいでしょうに。それでも、乗り越えようとしているのね。

「……そうね」

 私は手を伸ばし、拓海の手をとる。久しぶりにつないだ息子の手のひらは、びっくりするくらい、“男の子”になっていた。

「そう思えるなら……あなたは、素敵な恋をしたわ」

 心からの思いを伝えると、拓海はこっちを見上げ、へへっと笑ってくれた。

 あんなに激しかった雨は、いつの間にか止んでいた。雲のすきまから穏やかな光が差し、きらめいていた。

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